交響詩篇エウレカセブン 第37話 レイズ・ユア・ハンド 感想と考察

アニメ

レイズ・ユア・ハンド

キャラクター

ノルヴ

ヴォダラクの怪僧。
魂魄ドライブを胸に埋め込み、魂魄ドライブを操る術を使える。

あらすじ

イーガンが科学的な視点からノルヴは宗教的な視点からスカブを議論する。

ネタバレ

考察

エウレカセブンの世界

科学側
情報力学の「クダンの限界」とはなんでしょうか。
クダン?九段?件?
無限に見える物理宇宙をある側面(情報として)から見ると、宇宙の空間はパンパンでこれ以上増えると秩序を維持することができず崩壊してしまう。それが「クダンの限界」ということでしょか。

本来ならクダンの限界は突破し宇宙が崩壊するはずだが、未だ形を保つ宇宙に頭を悩ませている。
宗教側
話の感じからするとヴォダラクとは意識の集合体って感じですかね。

この宇宙「ダイサンカンカイ」はヴォダラク(集合意識)の想念の泡に過ぎない
つまり科学側は物理的な「存在」(時間、空間、エネルギー)が宇宙の根拠だとしているのに対して、宗教側は形のない「想念」が宇宙の根拠となっており、そもそも存在すらしていないとしています。
「この世であるダイサンカンカイは…」と述べていることからヴォダラクの宗教観では世界は階層になっており、意識世界の構造の上に物理世界が成り立っているような言い方をしていました。
ダイナナカンカイの力はダイサンカンカイへ影響を及ぼす。つまりダイナナカンカイは思考そのものの世界、つまり意識が顕在化した世界。
その顕在化した意識であるトラパーはダイサンカンカイで(物理宇宙)へ魂魄ドライブというインターフェイスにより繋がることができ、ダイサンカンカイ(物理宇宙)の意識と交信することができる、意識が世界であるとする宗教と思考はエネルギーであるとする科学の答えが一致した形です。

世界は無数の因縁によって成立している。
つまり現象の相互作用によりお互いが存在しているのであって、それ単体で独立した存在はあり得ないとする仏教の考え方に近いのかなあと思いました。

科学側も宗教側も結論は同じ。
スカブの増加による「クダンの限界」が引き起こされない理由は惑星に存在するスカブの大半が休眠しているから。

ノルヴ曰く、クダンの限界を阻止するにはスカブと「合一」し「ダイジュウカンカイ」へ進み「彼方のヴォダラク(上位の意識?)」を目指す必要がある。

絶望病は恐らくスカブの意識と合一した状態。

そしてデューイの目的はスカブを「クダンの限界」が訪れる前に殲滅すること。合一はしない。

ttps://killing-time.work/2020/03/30/%e3%82%a8%e3%82%a6%e3%83%ac%e3%82%ab%e3%82%bb%e3%83%96%e3%83%b3%e3%81%ae%e3%83%a1%e3%83%a2/

グレートウォール

あらゆる物理法則が無視される空間が存在している。

イーガンの仮説によれば数千年前に衝突した隕石によりスカブが目覚め、休眠状態にあったスカブが一時的に覚醒し「クダンの限界」へ突入。
スカブは慌てて再び休眠し事なきをえるも、隕石が落下した場所の空間が歪んでしまった。

感想

エウレカセブンの世界の全貌が明らかになりました。
スピリチュアル寄りで仏教が少し近いのかなあとも思いました。
間違っていたらごめんなさい。
ノルヴの言うように宗教と科学は違うアプローチで世界を探求している、科学と宗教はいつか融合する。
間違いではないと思います。

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