小説 ソラリス 考察と感想 SF文学の古典

小説

ソラリス

あらすじ

地球から遠く離れた惑星ソラリス。
そこには巨大なねばねばとした海があった。

人類は調査団を派遣し調査を開始。
その海は刺激に対して様々な反応を返す、しかし一度でも同じ反応はない。
人類が下した結論、ソラリスは生命体であり高度な知性。

この異質の知性と人類は既に何度もコンタクトを試みているが成功したことがない。
海とのコンタクトを試みる科学者達の苦悩を描く。

キャラクター

主要なキャラクターに絞ります。

ケルヴィン

ソラリスに派遣された科学者。物語の語り手。

スナウト

ケルヴィンより先にソラリスに派遣されていた科学者。

ハリー

ケルヴィンの恋人。自殺した。

ソラリスの海

超知的生命体、ゼリーの海、惑星を覆う脳。
ゼリー状の有機体で個体として存在し、刺激に対して反応を示したり示さなかったり、ある刺激に対して同じ反応は返してこないと思えば途方もない情報量を返す。
地球の科学者が出した結論はソラリスは巨大な思考する脳。

ネタバレ

考察

知性の定義

遺伝子が地球の生存競争の最小単位だと仮定すれば、生物は人間を含め生き残りを賭けた遺伝子が互いに共生して形を保つ仮の姿です。
リチャード・ドーキンス風に言えば生物は遺伝子の乗り物。
環境にその姿が適合しなくなれば乗り捨てて別の形の生物になります。
人間という高度な知性であっても遺伝子の乗り物、つまりは小さな分子単位の集合体(不安定な構造)の一時的な姿に過ぎません。
私達の思考は言ってしまえばそれぞれの遺伝子の利害の多数決の結果であると言えると思います。

遺伝子はタンパク質をを作り出し合理的に私たちの行動を決定します。
それを決定した個々の遺伝子に知性が無いにもかかわらずです。
個々の遺伝子は乗り物である「人間」の周りに存在する環境からの刺激(入力)に対して、決まった単純な反応(出力)を示しているだけに過ぎません。
しかし各遺伝子が環境からの入力に対して出力したタンパク質は理解を超えた複雑さで相互に作用しあうことで「人間」の行動を合理的に決定することができます。

人間はある入力に対して計算を施して出力する超高度な計算機です。
やっていることはコンピューターと同じなのです。
1(快)と0(不快)の入力を評価して結果を出力する。
独立した遺伝子の相互作用は理解を超えた因果関係の結果として「意識」を形成しています。
決して遺伝子は意識を生み出そうとは思っていないにも関わらずです。

上記のように人間は遺伝子の乗り物であり、人間に乗り込み共生関係にあるそれぞれの遺伝子の利害の多数決が意識を形成したとするならば。
個々の遺伝子の絡み合いが偶然知性を生み出したとすると。

この惑星に生きている私達個人の利害の多数決は人類という巨視的な、目には見えない知性を形成しているのではないでしょうか。
人類の一人一人が遺伝子でありその総体は謂わば別次元に存在する高度な知能です。

例えば社会性昆虫。
ハチやアリはそれぞれ単体としては与えられた役割をこなすだけです。
そこに自我はないでしょう。
しかし、アリの群れを一つのシステムとして見たとき、それは一貫性をもつ知性のように見えるはずで群れ全体が一つの意識を持っているかもしれないということです。

アリや蜂が巣を作る場所を選定する数学は私達の想像を超える高度な数学を導き出しているかもしれません。
自然淘汰がセミに素数を教えたように。

ロマンス

ソラリスには異質の知能とのコンタクトを描きながらロマンスの要素も取り入れています。
コンタクトと全く無関係ではなく、重要な役割を果たしています。

ソラリスの海は人間の記憶を読み取りそれを形として作り出すことができます。
例えば対象の記憶から死者を蘇らせることができるのです。
もちろん記憶から作られたそれは死者が持っていた記憶は持ちません。対象の脳から読み出した記憶から再現するこはできても死者そのものを蘇らせるわけではないのです。

ケルヴィンはソラリスを訪れる前に恋人のハリーを亡くしています。
些細な理由からハリーは衝動的に自殺し、ケルヴィンはそのことに縛り付けられていたのでした。
海はケルヴィンの記憶からハリーを作り出します。
作り出されたそれは残酷にも自らをハリーだと自覚しています。
ケルヴィンは様々な葛藤を経て彼の心から作り出された偽物のハリーをもう一度愛します。

人間の認識なんてそんなもんで偽物でも本物だも思えば本物なんです。
私たちが認識する現実は意識が作り出す、物理的な環境を模倣した仮想現実なんだということです。
今いる場所を第三者の視点で俯瞰できたり、今あなたは360°どこからでも自分自身を想像の中で見ることができるはずです。
それは意識が仮想現実を作り上げているからだと思うんです。

細部や認識したくないものは抜け落ちています。
しかしこれが認識だと思います。人間が仮想現実というフィルターを通して現実を見ているとしたら。
恋人を愛しているのではなく本当は恋人に投影した理想を愛している。
だからこそ、その理想から恋人が外れる行動をしたときに怒りを覚える。制御しようとする。

私たちは現実を正しく認識しておらず、経験や予めプログラムされた傾性から導き出された理想の幻影を見ているはずです。
つまりケルヴィンがハリーを本物だと認識するのなら、それは現実でありその主観的な世界こそが本当は唯一の現実なのです。

本物の現実と私達の認識する世界は全く違うはずです。
自らの声の反響と聴覚で世界を認識するコウモリにとって世界はとぎれとぎれで断続して現れ、そして私達の認識より立体的なはずです。
嗅覚で世界をみる犬などの動物には残り香がまるで過去の映像として見えるはずです。

海の目的、存在意義

この「ソラリス」は作中でソラリス学なるものの発展を仔細に説明していきます。
そのなかでソラリスに対する解釈を様々上げていますが、物語の結論としては超異質、超高度な知性であるソラリスの海を理解することは難しい、不可能というものです。
そもそも作者のレムは理解を超えた異質な知性と、コンタクト(他者との情報交換)という人間的な視点に立つこと自体が不毛であるという解釈のようです。
人間は人間を前提とした思考を持っていますがソラリスの海はソラリスの海という前提の思考があります。
前提条件が違うのでそもそも理解することは不可能だとしています。

人間的視点に立ち、異質の知性とでも分かり合えるという人類の傲慢さと愚かさを批判することも本書のテーマだと思います。

感想

この作品は文学でソラリスの描写やソラリス学といった架空の学問にかなりのページを割いています。
そしてソラリスってなんやねんという結論はありません。
結末に期待しながら読んでいて「( ,,`・ω・´)ンンン?これは結末あるの????」

結局ソラリスについては分からず仕舞い。
私の理解が及ばないだけかもしれません。
確かに高度で異質な知性についての好奇心は膨らみましたし、ケルヴィンとハリーのロマンスにも思うところがありました。
そうゆう本です。ストーリーの結末を楽しむというよりは啓蒙的な思想に触れて好奇心を刺激されるものです。
ソラリスで起こることの描写は奇妙でまた文章も想像が優しくなっています。
面白かった!!!!という作品ではなく不思議な余韻の残る本でした。
2回目はきっと違う解釈と発見がある、そんな作品です。


ソラリス (ハヤカワ文庫SF)


ソラリス (字幕版)

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